ワクチン接種が進み、新型コロナウイルスの感染者は減少傾向にあります。
しかし、感染拡大のリスクは依然としてなくなっておらず、変異株による新たな不安も生じています。
そのような中、社内の感染拡大防止、あるいは事業への影響の懸念から、従業員に対してマスクの着用の徹底や飲み会の自粛など何らかの要請を行っている、あるいは行いたいと考えている経営者の方も多いのではないでしょうか。
ところが、このような措置を従業員に強制できるか、あるいは会社の要請を守らなかった従業員に対して制裁的な処分を下すことができるか、という問題を検討しなければ思わぬトラブルに繋がるおそれがあります。
今回はこの問題について労働法の観点から解説いたします。
従業員の私生活上の行動を制限できるか
会社と従業員の関係
会社は企業の秩序を維持するために必要な事項を就業規則等に定めて従業員に指示・命令を行うことができます。
さらに、従業員が企業秩序に違反する行為をした場合は制裁として懲戒処分を行うことができる場合があります。
これは労働契約の締結によって使用者である会社と労働者である従業員の間に当然に発生する権利義務関係であるとされています。
しかし、このような指示・命令やそれに従わなかったときの処分の権限は、あくまで企業が事業活動を円滑に遂行するために必要なかぎりで認められているにすぎず、会社が従業員の私生活上の行動を制限できるケースは限定されています。
安全配慮義務とのバランス
一方で、会社は従業員がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるように必要な配慮をする義務を負っています(労働契約法第5条)。
これを安全配慮義務といいます。
したがって、社会通念に照らして客観的に合理的な範囲内であれば、業務命令により、感染拡大防止のために必要な措置を強制することができます。
つまり、感染症対策として従業員に何らかの指示・命令を行うことができるかは、「どこまでが合理的な範囲の制限であり、どこからが私生活に対する過度の干渉となるか」という問題です。
このことを前提に、具体的な指示・命令の内容を見ていきましょう。
マスクの着用を義務付けることができる?
合理性が認められるが配慮が必要な場合も
マスクの着用が新型コロナウイルスの感染予防のために有効であることには十分な裏付けがありますし、政府が推奨する「新しい生活様式」でもマスクの着用が感染対策の基本に据えられています。
他方で、マスクを着用することが私生活に及ぼす制限の程度はそこまで高くありません。
したがって、業務中にマスクの着用を義務付けることは問題ないでしょう。
もっとも、皮膚や呼吸器系の病気などを理由にマスクを着けたくても着けられない場合もあります。
そのような従業員がいるときには、フェイスシールドやマウスシールドを着用させる、テレワークをさせる、事業所内に別室を用意してそこで業務を行わせるなどの代替的な手段をとる必要があります。
着用を拒否されたら
マスクの着用を拒否する従業員への対処は難しい問題です。
マスクを着用しないことのみを理由として懲戒処分を下すことは、違法な懲戒処分として無効とされるおそれがありますので慎重になるべきです。
まずはマスクを着用しない理由や事情があるのか聴取し、それがないのであれば、マスクを着用する必要性を伝えて根気よく説得を試みるべきでしょう。
それでも拒否されるときには、テレワークや別室での勤務を命ずることも考えられます。
8時以降の外出を制限できるか?
大人数での会食や「夜の街」と呼ばれる歓楽街からのクラスター感染が報告されています。
では、感染防止を理由として従業員に対して会食や歓楽街での飲食を禁止することはできるのでしょうか。
また、政府から自粛が要請されている8時以降の外出の場合はどうでしょうか。
要請することは問題ない
まず、感染のおそれがある会食を自粛するように従業員に要請することは問題ありません。
全面的に禁止とするか、人数制限を設けるかは、その地域における感染状況に応じて都度判断するのがよいでしょう。
同様に、感染リスクの高い歓楽街での飲食を自粛するよう要請することも問題ありません。
処分が可能か
しかし、会食や歓楽街での飲食を禁止したり、会社の要請に従わなかった従業員に対して懲戒処分を下すことが可能かは微妙なところです。
なぜなら、勤務時間外をどう過ごすかは原則として従業員の自由であり、これを制限することは従業員の私生活に対する不当な介入といえるためです。
そこで会社の要請に従わなかったことが発覚したときは厳重注意に留めるのが無難だと考えられます。
8時以降の外出
8時以降の外出自粛は従業員の私生活に及ぼす制限の程度が大きいため、会社が一方的に禁止することのハードルはさらに高くなります。
政府から要請が出されているという事実を後ろ盾にしつつ、あくまで自発的な行動を促すべきでしょう。
業種によって異なる場合も
もっとも、医療機関や介護施設など新型コロナウイルスに感染したことが多大な影響を及ぼすような業種においては、私生活上の行動を制限することについて合理性が認められやすいため、要請に留まらず業務命令として会食等を禁止する余地はあると考えられます。
家族に感染が疑われる場合の申告を強制できる?
従業員の家族や同居人に発熱など感染を疑わせる症状がある場合に申告を強制することは可能なのでしょうか。
感染者数が拡大している昨今の状況に鑑みると、家族や同居人など非常に近しい人の感染が疑われる以上、出勤停止などの措置をとるため申告を求めることに一定の合理性は認められます。
他方で、「家族の病状」というプライバシーとして保護の必要性が高い情報の申告を求めることについては十分な配慮が必要です。
そこで、強制ではなくあくまで要請という形を取りつつ、従業員が自主的に申告しやすい体制を作ることが重要だと考えられます。
たとえば休業中の賃金を保障したり、従業員が申告した情報を会社の誰がどのように管理するかをあらかじめ規定し、公表しておくことが考えられます。
最後に
感染拡大対策は会社にとって喫緊の課題ではありますが、従業員の私生活の自由やプライバシーにも十分に配慮する必要があります。
感染リスクに対する敏感さは個人によって異なるため、対応を間違えれば思わぬ形でトラブルに発展する可能性もあります。
新型コロナに関する労務問題でお困りの際には、お気軽に弊所にご相談ください。