医療機関や美容院などでは就業時間外に任意参加の研修会や勉強会が行われることがよくありますが、「任意参加なら賃金の支払いは不要」と考えていると思わぬ形でトラブルに発展することがあります。
まず労働時間の概念について基本を押さえましょう。
労働時間とは
労働時間=使用者の指揮命令下に置かれている時間
未払い賃金の支払いを巡って紛争となったとき、必ず問題となるのが労働時間です。
「労働時間」という言葉からは「現に業務に従事している時間」というイメージを持たれるかもしれませんが、労働法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。
したがって、休憩時間や待機時間であっても労働から離れることが保障されていなければ労働時間に該当します。
典型例は休憩時間中に職場でお弁当を食べているときに電話番をさせるようなケースです。
この場合、労働者は現に業務を行っているわけではありませんが、電話が鳴ったらすぐに出なければいけない状態に置かれています。
よって、労働から離れることが保障されているとは言えず、労働時間となります。
仮に電話が一本も鳴らなかったとしても同様です。
着替え時間
着替えに要する時間もよく問題となります。
三菱重工業長崎造船所事件という著名な最高裁判例では、所定の始業時刻までに着替えを済ませて準備体操場にいることを就業規則で義務付けていた事案において、着替えに要する時間は使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、労働時間に当たると判断されました。
業務終了後に業務に関連した後始末(清掃等)を行う時間も同様に労働時間に当たります。
黙示の指示
使用者の明示の指示により労働者が業務に従事する時間だけでなく、黙示の指示により業務に従事している時間も労働時間に該当します。
たとえば労働者が無断で休日出勤をしており、使用者がこれを認識しておきながら注意を与えなかった場合や、所定労働時間中に処理することが困難な量の業務を抱えていることを使用者が把握しておきながら、こうした事情の解消について具体的な指示を出していなかった場合などに「黙示の指示」があったと判断される可能性があります。
勉強会や研修会の扱い
労働時間に該当するケース
では、勤務時間外に行われる勉強会や研修会は労働時間に当たるでしょうか?
厚生労働省の『労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン』では、参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間は労働時間に当たるとされています。
労働時間に該当するのは次のようなケースです(参考:厚生労働省『労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い』)。
- 使用者が指定する社外研修について、休日に参加するよう指示され、後日レポートの提出も課されるなど、実質的な業務指示で参加する研修
- 自らが担当する業務について、あらかじめ先輩社員がその業務に従事しているところを見学しなければ実際の業務に就くことができないとされている場合の業務見学
労働時間に該当しないケース
逆に、次のようなケースは労働時間に該当しないものとされています。
- 終業後の夜間に行うため、弁当の提供はしているものの、参加の強制はせず、また、参加しないことについて不利益な取扱いもしない勉強会
- 労働者が、会社の設備を無償で使用することの許可をとった上で、自ら申し出て、一人でまたは先輩社員に依頼し、使用者からの指揮命令を受けることなく勤務時間外に行う訓練
取り扱いを明確化する
このように、形式的には任意参加となっていても、事実上参加が強制されている場合には労働時間となる場合が高いです。
勉強会に参加しない者に指導が行われているという事実や、勉強会への参加が人事評価の考慮要素となっているという事実があれば、労働時間であると評価される要素となります。
「時間外や休日に研修に参加したのに手当が出ない」という問題は労働者が抱く不満の定番で、不満を募らせた労働者が労基署に駆け込んだり、未払い賃金の計算において争点となることはよくあります。
そのような事態を防ぐためには、勉強会や研修会を労務管理上どのように取り扱うのかよく話し合い、ルールを明確にしておくことが重要です。
任意参加とするのであれば、職員への周知文で任意参加であることを都度明記したり、参加しないことを理由に不利益な取り扱いをしないなど、事実上の強制参加であると評価されないように対策が必要です。
最後に
労働時間の管理は労務管理の基本といえますが、実際は紛争になるまでその重要性に気が付かないケースが多いようです。
思わぬ不意打ちを受けないよう、弁護士など専門家の助言のもとで適切な管理をするようにしましょう。