企業経営において人材を活用するときの選択肢として、従業員として雇い入れる「雇用契約」のほかに、外部の事業者に業務を委託する「業務委託契約」があります。
この記事では、雇用契約と業務委託契約の違いや、業務委託契約を締結するときの注意点について法的な観点から解説します。
業務委託契約のメリット
よく知られているとおり、労働基準法をはじめとする日本の労働法では労働者が手厚く保護されています。
労働基準法で「労働者」とは、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義されています(第9条)。
他方で、業務委託契約の相手方は「労働者」に当たりませんので、労働者としての保護を受けません。
これにより会社にとって次のようなメリットがあります。
- 残業代を支払う必要がない。
- 年次有給休暇を与える必要がない。
- 契約終了時に解雇規制が適用されない。
軽貨物運送業では、ドライバーと雇用関係を結ぶのではなく、個人事業主との業務委託契約という形をとることがよくあります。
ITエンジニア、建設業の職人、士業、美容師などの職種でも業務委託契約がよく活用されています。
業務委託契約のリスク
ところが、メリットが大きいからといって安易に業務委託契約を利用すると会社が思わぬ不意打ちを受けることがあります。
具体的には、業務委託契約を結んでいた相手が裁判所に「労働者」であると判断され、労働法の規制が適用されてしまうケースです。
労働者かそうでないかの問題を「労働者性」と呼びます。
「業務委託契約だと思って長時間にわたり拘束していたら、裁判で労働者性が認められ、多額の未払い賃金の支払いを命じられた。」
「業務委託契約だと思って契約を一方的に解除したら、裁判で労働者性が認められ、不当解雇だと判断された。」
このような事態を防ぐためには、雇用契約と業務委託契約の違いをきちんと理解することが重要です。
雇用契約と業務委託契約の違い
雇用契約と業務委託契約には次のような違いがあります。
雇用契約は、労働者が労務を提供し、使用者がそれに対して賃金を支払うことを約束することにより成立する契約です。
このとき、労働者と使用者の間に「使用従属関係」が成立します。
つまり「使用者は労働者に具体的な業務を指示することができ、指示された労働者はこれに従わなければいけない」という関係性です。
このとき、弱い立場にある労働者が不当な扱いを受けないように、労働基準法その他の法律により労働者の立場が手厚く保護されています。
これに対して業務委託契約は、当事者の一方がもう一方の当事者に業務を委託することによって成立する契約です。
雇用契約と異なり業務委託契約の当事者は対等な関係に立ちますので、雇用契約のように一方が特別に保護されることはありません。
雇用契約か、業務委託契約か?
では、「ある契約関係が雇用契約なのか、業務委託契約なのか」はどのように決まるのでしょうか?
弁護士の法律相談で、「契約書のタイトルが『業務委託契約書』になっているから業務委託契約ではないか」というご相談をいただくことがよくありますが、これは誤りです。
裁判所は、契約書の記載という形式的な要素だけで判断するのではなく、契約の内容、当事者の関係性、実際の業務状況、金銭の支払方法等といった実質的な要素から、その契約が雇用契約か業務委託契約かを判断します。
つまり、契約書のタイトルが「業務委託契約書」だとしても、その実質が雇用契約であれば、雇用契約が成立しているものとして労働者性が認められます。
使用従属関係とは
すでにご説明したとおり、雇用契約と業務委託契約を分ける重要な判断基準となるのが「使用従属関係」です。
具体的には、次のような事情があると「使用従属関係あり」と認められやすくなります。
- 使用者の具体的な指揮命令を受けている。
- 勤務場所や勤務時間が指定され、管理されている。
- 報酬が時間給を基礎として計算されている。
ただし、これらを満たしているからといって直ちに労働者性が認められるわけではなく、個別具体的な事案における様々な要素を考慮して総合的に判断されます。
たとえば、運送業において相当高価なトラックを自ら所有して労務を提供している場合(いわゆる「傭車運転手」)、報酬の額が著しく高額な場合、業務遂行上の損害に対する責任を自ら負っている場合などには、「事業者」としての性格が強いと判断されて労働者性が否定されることがあります。
事例
ここで、実際の裁判例をご紹介いたします(最高裁平成8年11月28日労判714号14頁・横浜南労基署長(旭紙業)事件)
事案
自己の所有するトラックを旭紙業株式会社の横浜工場に持ち込み、同社の運送係の指示に従い、同社の製品の運送業務に従事していた者(以下「本件運転手」といいます。)の労働者性が問題となった事案です。
本件では、次のような事情が考慮され、結果的に労働者性が否定されました。
- 運送物品、運送先及び納入時刻に指示がなされていた
- 専属的に旭紙業の製品の運送業務に携わっており、同社の運送係の指示を拒否する自由はなかった
- 運賃表に定められた運賃は、トラック協会が定める運賃表による運送料よりも一割五分低い額とされていた
- 指示は、運転経路、出発時刻、運転方法等には及ばず、また、一回の運送業務を終えて次の運送業務の指示があるまでは、運送以外の別の仕事が指示されていた
- 勤務時間については、同社の一般の従業員のように始業時刻及び終業時刻が定められていたわけではない
- 報酬は、トラックの積載可能量と運送距離によって定まる運賃表により出来高が支払われていた
- 本人の所有するトラックの購入代金はもとより、ガソリン代、修理費、運送の際の高速道路料金等も、すべて本人が負担していた
- 本人に対する報酬の支払に当たっては、所得税の源泉徴収並びに社会保険及び雇用保険の保険料の控除はされておらず、本人は、右報酬を事業所得として確定申告をした
裁判所の判断
「業務用機材であるトラックを所有し、自己の危険と計算の下に運送業務に従事していたものである上、旭紙業は、運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の指示をしていた以外には、本人の業務の遂行に関し、特段の指揮監督を行っていたとはいえず、時間的、場所的な拘束の程度も、一般の従業員と比較してはるかに緩やかであり、本人が旭紙業の指揮監督の下で労務を提供していた」とされました。
最後に
このように、「雇用契約か、業務委託契約か」という問題は明確なルールがあるものではなく、裁判所は様々な事情を考慮して労働者性の有無を判断します。
そのため、会社にとっては裁判所の判断について予測することが難しいといえます。
そこで、「基本的に会社の指示に従って仕事をしてもらう予定だが、雇用契約ではなく業務委託契約を結びたい」、「雇用契約から業務委託契約に切り替えたい」といった場合には、あらかじめ弁護士にご相談ください。
弁護士は、個別の事情をお伺いした上で、雇用契約であると判断されるおそれがどの程度あるか、そのときのリスクを避けるためにはどのような対策を講ずるべきかをアドバイスすることができます。
たくみ法律事務所は、福岡県を中心に全国の様々な業種の中小企業をご支援しています。
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