※当記事は2017年5月時点の法令等に基づいて執筆されています。
法制審議会民法(相続関係)部会が、2017年4月21日から2017年3月28日までにかけて計19回開催され、いよいよ民法の「第5編 相続」(以下「相続法」といいます。)の改正に向けた動きが高まってきました。
今回のコラムでは、実際の改正に先駆けて、具体例を踏まえつつ、相続法改正のポイントについて、解説をしていきたいと思います。
遺言書を残した場合(遺留分の問題)-長男に会社の全株式を相続させたのに…-
具体例
例えば、経営する会社の株式を全て保有していた父が、自分が死んだ後は、長男に会社の経営を任せようと考えていたとします。
この場合、遺言書に「長男に全株式を相続させる」と記載すれば、問題はないのでしょうか?(父には株式以外に財産はないものと仮定します。)
この場合、遺言書に基づいて、株式は長男へ移転します(【図②】)。
しかし、母・次男・長女が、長男に対して、それぞれ、遺留分減殺請求権を行使した場合(【図③】)、全株式のうち一定割合(具体的には、母1/4、次男1/8、長女1/8)が、長男から各相続人へ移転することになります。
したがって、長男に全株式を取得させようと考えていたにもかかわらず、結果として、長男100株、母50株、次男25株、長女25株の割合となり、経営を巡って紛争が生じることが予測されます(【図④】)。
現行法における遺留分の取扱い
遺留分とは、相続人の生活保障等のため、相続財産の一定割合を、兄弟姉妹以外の相続人に取得させるものです。
現行法では、遺留分権利者(上記事例の母・次男・長女)が遺留分減殺請求権を行使すると、上記の例のとおり、長男が取得するはずであった株式の一部が、直ちに、他の相続人に取得されてしまいます(このように、遺留分減殺請求権を行使すると、直ちに、遺留分の割合に基づいて、遺留分権利者が遺産を取得することを「物権的効力」があるといいます。)。
このような事態は、株式以外、例えば、不動産等の場合でも同様に起こりますので、一つの不動産を共同相続人が共有することになる結果、その管理・収益・処分について、後に紛争の原因となります。
改正案の内容
これに対して、今回の相続法改正案では、遺留分減殺請求権の物権的効力を否定して、遺留分権利者は、原則として、金銭請求権しかできないように改正することが予定されています。
すなわち、上記の例でいえば、長男以外の相続人が遺留分減殺請求権を行使したとしても、直ちに株式を取得するのではなく、原則、長男に対して、遺留分侵害相当額の金銭の支払いを求めることができるにとどまります(【図⑤】【図⑥】)。
ただし、長男の方から、金銭を支払うことに代えて、相当額の他の財産を選択し、相続人に取得させることもできます。
問題点・対応
上述のとおり、改正案によれば、長男は、遺留分減殺請求権を行使されたとしても、直ちに株式を他の相続人と分け合うのではなく、金銭を支払うことで解決できます。
したがって、被相続人である父が当初に望んだとおり、長男に会社の全株式を取得させ、経営を委ねることができます。
しかし、当然ながら、長男に資力がない場合には、他の相続人に対して、株式を渡さざるを得ないことが想定されます。
現行法でも、改正法でも、遺留分権利者が任意に放棄しないかぎり、遺留分を完全に無視して相続を終わらせることはできません。
しかし、少なくとも上のような事態を避けるためには、①長男以外には、遺留分相当額の他の財産を相続させる、②遺留分減殺請求権を行使された場合の対象財産及びその順位を指定する、③価額賠償を行う、又は、④付言事項に被相続人の意思を残す等の対応が考えられます。
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遺言書を残していない場合(銀行預金の問題)-銀行預金が引き出せない??-
具体例
先程と同じく、両親と子供3人の家族で、預金300万円を保有していた父が、遺言書を残さずに死亡したとします(【図⑦】)。
従前の取扱い
預金債権等については、これまで、遺産分割の対象ではなく、遺言書がないかぎりは、被相続人の死亡後、直ちに、共同相続人が、その法定相続分に応じて取得するものとされてきました。
したがって、その場合、共同相続人である母と3人の子供は、法定相続分(1/2:1/6:1/6:1/6)に応じて、それぞれ、母150万円、子供50万円を取得するとされていました(【図⑧】)。
その結果、相続人間で話し合いがまとまらずとも、例えば長男は、自己の取り分である50万円について、銀行に対して払い戻しを請求することができていました。
改正案の内容と最高裁平成28年12月19日判決
これに対して、改正案では、預金債権を遺産分割の対象に含めることが予定されています。
また、実際の改正に先駆けて、先日、「預金債権を遺産分割の対象に含める」ことを認める最高裁判決が出されました。
この結果、従前とは異なり、遺言書があるか、又は相続人全員の同意がある場合でないかぎり、遺産分割の成立前に預金債権の払い戻しを請求することはできなくなりました(実際の事案でも、銀行からは払い戻しを拒否されています。)。
問題点・対応
このような改正がなされた理由は、従来、預金債権等の可分債権が当然には遺産分割の対象とされておらず、遺産分割調停・審判等において、柔軟な解決を行うことができていなかったことにあります。
確かに、今回の最高裁判決及び改正により、そのような不都合の解消が見込まれます。
しかし、その反面、被相続人の死亡後、速やかに預金を解約して払い戻しを受ける必要がある場合にも、対応ができなくなるという弊害が考えられます(例えば、葬儀費用や相続税の支払原資の工面等)。
このような事態を避けるためにも、遺言書を作成し、預金を誰に取得させるか明記すべきでしょう。
その他、相続法改正のポイント
その他、現在、改正に向けて議論が行われているのは、次の点になります。
- ①配偶者の居住権保護
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○短期居住権
配偶者は、相続開始時に、被相続人所有の建物に無償で居住していた場合、遺産分割により建物の帰属が確定するまでの間(遺言がない場合)、又は一定期間(遺言がある場合。例えば6ヵ月間)、継続して無償で使用できる。○長期居住権
配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物につき、遺言又は遺産分割において、被相続人の配偶者に、終身又は一定期間、その使用を認める法定の権利を新設する。
- ②遺産分割の見直し
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○配偶者の相続分の見直し
婚姻後、財産が増加した場合に、配偶者の具体的相続分を増加させる、又は、婚姻後一定期間(20年から30年)経過した場合、配偶者の相続分を増加させる○一部遺産分割制度の明確化
- ③遺言制度の見直し渉
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○財産目録等については自署不要とする
○加除訂正の方式の緩和
○自筆証書遺言の保管制度の創設
- ④相続人以外の者の貢献を考慮する方策
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○被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者(相続人を除く。)があるときは、その者が、相続開始後、相続人に対して、金銭の支払いを請求できる※請求権利者の範囲を、相続人ではない被相続人の二親等以内の親族に限定するか、そのような限定を付さないかについては、現在、議論がなされている。
改正のスケジュール
法制審議会より、平成28年6月21日に、「民法(相続関係)改正に向けた中間試案」が提出され、これに対して、全国の弁護士会から賛否入り交じる意見がなされました。
現在は、法制審議会において、これらの意見を踏まえた再検討がなされているところです。
実際の改正・運用はまだ先のことにはなりますが、相続がいつ起こるか分からないことを考えると、早めの対策が必要となります。