「会社が倒産したときに取締役はどのような法的責任を負うのか?」
経営難に苦しむ会社の経営者から弁護士がよくいただく質問です。
今回は、会社が倒産した際に取締役が責任を負うのはどのような場合か解説します。
取締役は責任を負わないのが原則
原則として、単に経営に失敗して会社が倒産したというだけで取締役が株主や債権者から損害賠償請求されることはありません。
なぜかというと、法人と個人は法律上別の法人格であり、会社の財産と取締役個人の財産は区別されているからです。
もし会社の債権者が会社を訴えて勝訴判決を得ても、その債権者は会社の財産だけしか差し押さえることができず、取締役個人に対しては何も請求できません。
しかし、代表取締役が会社の連帯保証人になっている場合や、取締役が本来の自分の職務を怠っていたなど重大な過失があった場合は別です。
取締役が会社に対する損害賠償責任を負う場合
取締役が会社に対して負う義務
すでに述べたように、単に経営に失敗して会社が倒産したというだけで取締役が株主や債権者から損害賠償請求されることはありません。
しかし、取締役が会社に対して負っている義務を怠った場合は会社に対する損害賠償責任を負う可能性があります。
そこでまずは取締役が会社に対してどのような義務を負っているのか確認しましょう。
取締役と会社は、民法上の委任者と受任者の関係にあります。
受任者は委任者に対して「善管注意義務」、すなわち業務を委任された人の職業や専門家としての能力、社会的地位などから考えて通常期待される注意義務を負うとされています。
また、会社法でも取締役は会社に対して「忠実義務」を負うと定められており、これは善管注意義務と同じ意味だと理解されています。
つまり、取締役は会社に対し、経営のプロとして通常期待される注意義務を果たさなければいけないということになります。
取締役が損害賠償責任を負う場合
では、取締役が会社に対して損害賠償責任を負う可能性があるのは具体的にどのような場合なのでしょうか?
会社法423条1項には次のように定められています。
取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
取締役は、その任務を怠ったとき、すなわち「任務懈怠」があるときは会社に対する損害賠償責任を負います。
「任務懈怠」の具体例としては、①経営判断原則違反、②具体的な法理に違反する行為、③監視・監督義務違反、④内部統制システム構築義務違反などの類型があります。
具体的に確認していきましょう。
任務懈怠の例
その1 経営判断原則違反
もし経営上の判断が結果として間違っていたときに取締役が損害賠償義務を負うとしたら、取締役は委縮してしまい、挑戦的な判断ができなくなってしまうでしょう。
そこで、取締役が情報収集・検討を適切に行い、その調査結果を踏まえた判断が著しく不合理なものでなければ、善管注意義務違反とは評価されないとされています。
これを「経営判断の原則」といいます。
経営判断原則からしても取締役の経営が任務懈怠と判断されるのは、たとえば取締役が十分な検討もなくリスクの高い投資運用を実施して失敗した場合や、取締役が会社業務と関連性のない交際費を支出した場合です。
その2 具体的な法理に違反する行為
取締役は、利益相反行為など法理に違反する行為によって会社に損害を与えた場合にも損害賠償責任を負うことがあります。
利益相反行為とは、取締役が会社の利益のために行動すると取締役個人にとって不利益になるケースや、逆に取締役個人のために有利な行為が会社にとって不利になるようなケースを指します。
取締役は会社の執行機関であると同時に一人の人間ですので、会社にとっては不利だとわかっていても、自分の利益を追求してしまう場合があります。
具体的には、取締役と会社が売買契約や贈与などを行う行為や、会社が取締役の第三者に対する債務を引き受けるような行為が利益相反行為に当たります。
取締役は、このような利益相反行為を行う場合には、取締役会を設置していない会社では株主総会、取締役会を設置している会社では取締役会の承認を受ける必要があります。
利益相反取引が行われ、それによって会社に損害が生じた場合は、その取引に関与した取締役は会社に対して損害賠償責任を負います。
この場合、利益相反取引を行った取締役はもちろん、代表取締役や業務の執行をした取締役や、取締役会設置会社においては取締役会での承認決議に賛成した取締役も損害賠償請求の対象となりえますので注意が必要です。
取締役が第三者に対して損害賠償責任を負う場合
では、取締役が債権者や労働者などの第三者に対して責任を負うのはどのような場合でしょうか。
会社法429条1項には次のように規定されています。
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、その役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
つまり、取締役が職務を行うにあたって悪意や重過失があり、その結果会社が倒産したような場合には、債権者に対して個人的に責任を負うことがあります。
具体的には、詐欺的な商法を行っていた場合、会計書類に虚偽記載をして粉飾決算をしていた場合、私的に財産を流用していた場合、そして他の取締役がこれの行為を認識していたにもかかわらず注意・監督をしなかった場合などがこれに該当します。
保証人や連帯保証人になっている場合
会社が銀行などの金融機関から借り入れを受けるときに、代表取締役が保証人・連帯保証人となることがあります。
特に中小企業の場合は、代表取締役が会社の借り入れの連帯保証人となっているケースがほとんどです。
この場合、会社が倒産すると代表者個人は会社が負っていた債務を負担しなければいけません。
会社が倒産することによって債務の期限の利益が失われ、代表者個人は、会社の債務を一括で返済する義務を負います。
このような場合は、会社が倒産するのと同時に代表者個人も自己破産の申し立てを行うのが通常です。
最後に
このように、企業経営において取締役等の個人責任が追及される場面は様々です。
会社が倒産してもなお、取締役個人にその責任が追及されることも多々あります。
むしろ、会社が倒産したからこそ、取締役個人にしか責任追及ができないという事情があります。
個人責任追及のリスクを下げるために注意するべき点は2つあります。
法律の理解を深める
まず、取締役が会社法などの法令に違反した事案においては、基本的に「任務懈怠」の事実が認定される傾向にあります。
したがって、会社法など企業の活動を規制する法令について理解を深め、自らの行為が法律に違反していないのか、常に注意する必要があります。
そして、取締役の行為が法律には違反しないとしても、経営が悪化したときに不用意な経営活動を行ったり、ほかの取締役や従業員の違法・不当な行為を放置したり看過することにより、多大な責任を追及されることがありえます。
会社の経営状況を熟知するとともに、違法・不当な行為を事前に回避する体制を構築しておく必要があります。
コンプライアンスを遵守し、健全な企業経営を行うため、企業法務に精通した顧問弁護士と日常的に相談することをお勧めいたします。
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D&O保険とは、会社役員としての業務の遂行に起因して損害賠償請求がなされたことによって被る損害を補償する保険です。
取締役の個人責任は、場合によっては、請求・認容額が数百万円から数億円にも上るケースもありますので、リスク管理のために加入をお勧めいたします。