社用車で自損事故を起こした従業員の給料から修理費を天引きしている会社や、従業員に貸し付けたお金を給料天引きで返済させている会社はときどき見られます。
しかし、これらの天引きは、違法とされる可能性が極めて高いです。
今回は、やってしまいがちでも意外と知られていない給料から天引きする際のルールについてご説明します。
ご相談事例
半年前に従業員から「家族が病気になったのでお金を貸してほしい」と言われたため、借用書を交わした上で50万円を貸し付け、毎月5万円ずつ返済を受けていました。
ところが次第に支払いが滞るようになり、残額が20万円になったときに「支払いを1か月間猶予してほしい」と言われました。
借用書には返済ができなかったときには一括で返済を求めることができるという規定があります。
この規定に基づき、給与から残額分を全額天引きして回収しようと思いますが、問題ありませんでしょうか?
原則、天引きはしてはいけません
労働基準法によると、給料は全額払いが原則です。
この原則に違反した場合、30万円以下の罰金が課される可能性があります。
また、給料から控除した分については未払いのままとされますので、労基署から返還を命じられたり、支給日からの遅延損害金を追加で支払ったりする必要が生じることがあります。
ただし、天引きが全て違法とされるわけではなく、法律でいくつかの例外が認められています。
法律上、天引きが認められているもの
以下の場合は、法律上、給料からの天引きが認められています。
- 所得税や住民税の源泉徴収
- 厚生年金保険や健康保険、雇用保険の保険料などの社会保険料
- 財形貯蓄
- 労働者の過半数代表等との労使協定があり、かつ、就業規則などに天引きの根拠規定がある場合
なお、4の場合でも労使協定と就業規則に規定があれば何でも許されるというものではありません。
行政解釈によれば、購買代金、社宅・寮などの福利厚生施設の費用、労務用物資の代金、労働組合の組合費など、事理明白なものに限られるとされています。
事理明白とは、用途や目的が明確であることを意味すると考えられます。
労使協定に損害賠償や貸付金の天引きを盛り込んだら天引きできる?
仮に賠償金や貸付金を会社が天引きできる旨を労使協定に盛り込んだとしても、天引きすることは許されないとされています。
法律には書いていない例外
法律で例外として規定されているわけではないものの、天引きして相殺することが認められる場合もあります。
その1:調整的相殺
払い過ぎた給料を清算するために天引きして相殺すること(調整的相殺)については、一定の要件の元で認められます。
一定の要件というのは、相殺の時期、方法、金額などからみて労働者の生活の安全を害さない場合というものです。
その2:労働者の合意に基づく相殺・放棄
労働者の合意があれば相殺を行うことも不可能ではありません。
しかし、合意が有効と認められるハードルはかなり高いです。
合意に基づく相殺が有効とされるためには、労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在することが必要です。
なお、合意に基づく相殺ではなく、賃金請求権の放棄という形式をとったとしても、相殺の場合と同様に判断されます。
合意があれば損害賠償や貸付金を給料から天引きできる?
少なくとも、相殺に合意する内容の念書等を取り付けるべきですが、それだけで有効になるわけではありません。
後から、自由意思ではなかったなどと争われれば無効と評価される可能性が高いので、損害賠償や貸付金の返還を給料天引きで行うことはやめておくべきでしょう。
最後に
給料から天引きを行っている場合には法律上問題がないか確認しましょう。
給料から控除することについて労働者から同意を得ているが有効かどうか疑問がある場合など、給料の支払いについて疑問点がございましたら、一度弁護士までご相談ください。