ただ、現実的には、「パワハラ」と「業務上必要な指導・指示」との区別をどうつければよいのかということがよく問題になります。
そこで、今回は、パワーハラスメントの定義を改めて確認するとともに、実際にパワハラとして企業に損害賠償責任が認められた例を取り上げたいと思います。
なかには、「えっ?この程度でパワハラになってしまうの?」とお感じになる例もあるかもしれません。
企業の責任として、会社内でのパワハラ防止策の徹底が望まれています。
パワハラの定義
実は、パワハラという言葉には法律上の定義はありません。
一般的には、職場のパワーハラスメントが問題になる例においては、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と捉えられています。
パワハラの類型
パワハラの類型としては、大きく分けると、①身体的な攻撃(叩く、殴る、蹴るなど現実の暴行)と②精神的な攻撃に区別されます。
このうち、①についてパワハラかどうかが問題になることはほとんどありません。
通常の感覚からしても、当然に違法だと認識できると思われます(そもそも殴る、蹴るなどすれば、パワハラを超えて、暴行罪や傷害罪など刑事事件の問題になりえます。)
問題は②です。
業務中に、部下がなんらかのミスを犯し、これに対し、上司が?責する場合、「業務の適正な範囲」内であれば、問題ありませんが、「業務の適正な範囲」を超えると、パワハラと認定される可能性があります。
パワハラ認定例(東京地判H25.12.13)
証券会社Y1に勤務していた従業員Aが、下記のパワハラ行為があったとして、証券会社Y1及び上司Y2(原告を指導する立場にあった者)に対して損害賠償を求めた事案です。
なお、Aについては、Y2が指導する前から、営業社員としての基本姿勢や基本動作に大いに問題があり、かつ、指導を行っても改善がみられない旨の評価を複数の上司から受けていたという事情があります。
パワハラかどうかが問題となった言動①
Y2が、Aに対し、1日当たり3~5通の営業用の直筆の手紙を作成するように指示した。
また、1週間に1冊程度の読書を行い、その内容を要約し、どのような点が大切であり、どのような点を今後の仕事に活用するか等を記載した書面を作成するように指示した。
帰宅後や休日の時間をどのように使うかは労働者が自発的に決めるべきであり、Y2の指示は職務範囲外のものであり、パワハラに該当する。
営業用の直筆の手紙については、Y1会社では営業社員が通常行っていたものであったと認定したうえで、直筆の手紙作成については正当な業務上の指導又は指示に当たるとした。
また、読書及びその内容を要約した書面の提出についても、Y2がAの営業社員としての知見や能力等の向上を期待して指示したことが窺われ、不当ではないとした。→パワハラに当たらない。
パワハラかどうかが問題となった言動②
Aはもともと自動車を所有していたところ、Y2はAを発奮させるべく、Aに対し、月間の営業成績の目標を達成できない場合には、自動車を売却するよう提案した。
その後、Aは目標を達成できなかったが、Y2がAに自動車の売却を求めたことはなく、Aが自動車を売却することもなかった。
職務とは全く関係のない所有自動車の売却を営業目標の未達成の際のペナルティとするような言動をすること自体、パワハラに当たる。
Y2がAに対してその営業目標の不達成の場合には所有自動車を売却するよう促すような言動を行ったことは、それがY2の意図としては専らAの発奮を期待してのことであったとしても、Aに対し、その私的な生活面にまで及ぶ過度の心理的な負担を与え得るものであり、かつ、その態様及び程度において社会的相当性を欠くものと評価せざるを得ないとした。
→パワハラに当たる。
パワハラかどうかが問題となった言動③
顧客に迷惑をかけたという事情もなく、単にY2の意のままに動かなかったという些細な理由で、ペナルティとして営業活動禁止を出して一日中雑務を行うことを命じたり、それまでの営業活動が無駄になる顧客の担当替えを行った。
指導ではなく単なるペナルティであり、パワハラに当たる。
下記事情を認定したうえで、いずれも、Aの営業社員としての行動の不適切さに対処するために行われたと認められるものであり、その内容においても、何ら不当な点は見当たらず、正当な業務上の指導又は指示に当たると評価し得ると判断した。
Y2は、Aに対し、翌日までにトルコ経済に関するレポートを読んでくるように指示した。
同レポートは、Y2において、顧客に対してトルコ債の購入案内を行うに当たって事前に目を通しておくべきものであると考えていたものであったが、Aは、その指示に十分には従わなかった。
そのため、Y2は、顧客に迷惑をかけるという事態が生ずるのを避けるべく、Aに対し、当日に予定していた外交活動をさせず、代わりにダイレクトメールの作成を命じた。
Y2は、ブラジル中央銀行が基準金利の引下げを発表し,ブラジルレアルの通貨価格の下落が予想される事態となったことから、翌営業日の業務開始直後、Aに対し、上記下落が現実化した場合に損失を被る可能性がある顧客10件程度に連絡をするよう指示したが、Aは、そのうち2、3件の顧客に対して連絡をするにとどめ、その余の顧客には連絡をしなかった。
そのため、Y2は、それらの顧客につき他の社員への担当替えをして、新たな担当社員からそれらの顧客に対して速やかに情報提供がされるよう手配した。
→パワハラに当たらない。
パワハラかどうかが問題となった言動④
Y2は、Aへの指導を繰り返しても目に見えた改善が進まなかったため、Aには業務ミスや業務指示違反をしたら、会社を辞めるくらいの覚悟や緊張感を持って仕事に当たってほしいと考え、Aに対し、日付を空欄にした退職届を作成して提出させた。
上記から1週間ほど経過した頃、Aが当日までに行うべき業務を行っていなかったことから、Y2がAを厳しく叱責するとともに、上記退職届の日付を書き入れるように迫り、Aはこれに応じた。
Y2の行為は、強要、脅迫であり、指導として明らかに行き過ぎであってパワハラに当たる。
Aに対し、職を失うかもしれないという強い心理的な負担を与え得るものであり、かつ、その態様及び程度において注意又は指導のための言動として許容される限度を逸脱し、社会的相当性を欠くものと評価せざるを得ないとした。
→パワハラに当たる。
パワハラかどうかが問題となった言動⑤
Y2は、実際に原告を退職させようと思っていたわけではなく、Aが比較的安易に上記退職届への日付の記入に応じたことに驚き、Aに対し、真意を伝え、辞める気もないのに簡単に退職するなどと言わないよう諭した。
Aは、Y2に対し、反省の意を行動で示させてほしい旨申し述べたことから、これを聞いたY2は、Aにおいては自分を見つめ直す機会を持った方がよいと考え、Aに対し、座禅修行に参加するよう勧め、インターネットで検索した寺のホームページを印刷してこれを原告に交付した。
Aは、土曜日及び日曜日にb寺での1泊2日の座禅修行に参加し、その旨をY2に報告したほか、翌月の第1週から第3週までの各土曜日及び日曜日にも、上記座禅修行に参加した。
指導の域を逸脱したものであり、パワハラに当たる。
Y2は、業務ミスや業務指示違反を繰り返すAについて、精神面での修練の機会を得ることにより、その自身の姿勢を省みることが有用であると考え、Aに対して座禅修行への参加を勧めたことが窺われるところであって、Y2の当該行為については、その意図にもその内容にも不当な点は見出せないと判断した。
→パワハラに当たらない。
結論として、裁判所は、上記②及び④をパワハラと認めたうえで、Y1及びY2に対し、慰謝料として20万円を支払うように命じました。
おわりに
職場内のパワハラは当事者だけの問題ではありません。
上記の裁判例でもそうであったように、使用者である会社も責任を問われます。
パワハラが起きないような職場環境を整備することや実際にパワハラが起きた際の対応など、会社には責任ある対応が求められています。
当事務所ではパワハラ問題への対応も行っています。
企業、使用者側からのご相談は初回無料でお受けしておりますので、お気軽にご相談ください。