会社が従業員に対して懲戒処分を行ったとき、懲戒処分を受けた者の氏名、所属部署、処分の対象になった行為、処分の内容を社内で公表している会社は少なくありません。
会社にとっては、同種の行為の再発を防止し、従業員の行為によって乱された企業秩序を回復する観点から、公表を行うことには一定の必要性が認められるように思われます。
一方で、懲戒処分の事実を公表することは従業員の名誉や信用を低下させる可能性がありますし、個人のプライバシーへの配慮も必要です。
今回は、懲戒処分の事実を社内に公表することの是非と、公表する場合の注意点について解説いたします。
懲戒処分を公表する際の通知文の雛形ダウンロード
以下のフォームから、懲戒処分を公表する際の通知文の雛形をダウンロードしていただくことができます。
あくまでサンプルですので、実際のご利用に際しては弁護士にご相談ください。
過去の裁判例
公表が適法とされた事案
懲戒処分の社内での公表が問題となり、裁判所が適法と判断した事件として平成19年4月27日の東京地方裁判所の判決(「X社事件」)があります。
この事件は、会社が従業員に対して懲戒休職6か月とする旨の処分を行い、その旨を記載した書面を社内掲示板に掲示したところ、従業員が、懲戒休職処分が無効であることと掲示が名誉棄損に当たることを主張した事案です。
東京地裁は、「懲戒処分は、不都合な行為があった場合にこれを戒め、再発なきを期すものであることを考えると、そのような処分が行われたことを広く社内に知らしめ、注意を喚起することは、著しく不相当な方法によるのでない限り何ら不当なものとはいえないと解される」としたうえで、本件の公示方法は何ら不相当なものとは認められないと判示しました。
社内で公表する必要性の程度と公表方法の妥当性を検討し、懲戒処分の公表が社会的に相当といえる限度で行われているか、という基準で判断されているといえます。
なお、この事案では会社の就業規則に懲戒処分につき「原則としてこれを公示する」との定めがあり、裁判所はその点も判断要素としたと考えられます。
公表が違法とされた事案
他方で、昭和52年12月19日の東京地方裁判所の判決(「泉屋東京店事件」)では、反経営的行動および不正行為を理由として懲戒処分を行い、懲戒解雇の理由や会社の主張を記載した文書を全従業員に配布し、社内に掲示したことについて、名誉棄損の成立が認められました。
裁判所は、懲戒解雇の事実や理由を公表することが適法とされるためには、公表行為が「その具体的状況のもと、社会的にみて相当と認められる場合、すなわち、公表する側にとって必要やむを得ない事情があり、必要最小限の表現を用いて事実をありのままに公表した場合に限られる」としました。
そのうえで、「原告らが重大な不正行為をなしたことによって懲戒解雇されたかの印象を与える本件各文書の内容、半ば強制的ともいえるその配布、掲示の方法、その配布掲示にあたり原告らの名誉の尊重を顧みない被告側の意図をも考慮すると、結局本件各文書の配布、掲示は、特にその公表方法、さらにはその公表内容において社会的に相当と認められる限度を逸脱して」いると述べました。
懲戒処分を社内で公表するときのポイント
これら2つの裁判例から判断すると、懲戒処分を公表する必要性の程度に対して公表の方法が妥当でないといえる場合には、名誉棄損が認定される可能性が高いといえます。
では、懲戒処分を公表するときにはどのようなポイントに注意すべきなのでしょうか。
処分を受けた者の氏名の公表
「X社事件」では、懲戒処分を受けた者の氏名が記載された通知書を発令の当日にのみ社内に掲示したことが違法ではないと判断されています。
しかしながら、再発防止や企業秩序の回復を図る観点からは、処分を受けたものの氏名を公表しなくても、懲戒処分の対象となった行為の内容や理由のみを公表すれば足りるはずです。
したがって、処分の対象となった行為が悪質かつ重大であり、氏名の公表により再発防止や企業秩序の回復を図ることが社会的に相当といえる場合を除き、氏名を公表することは避けた方がよいでしょう。
セクシャルハラスメントの事案のように、処分を受けた者の氏名を公表することが被害者の特定に繋がるような場合には特に慎重になるべきです。
懲戒処分の内容および理由の公表
再発防止や企業秩序の回復を図る観点から、処分の対象となった行為の内容や理由を公表することには必要性が認められます。
ただし、先に説明したとおり行為の内容を公表することによって処分を受けた者や被害者が特定されかねないときには注意が必要です。
また、懲戒処分の理由を公表する際には、懲戒処分の対象事実だけでなく就業規則上の根拠条文を具体的に記載すべきです。
社外への公表が認められる場合は?
懲戒処分により解雇された者が、取引先を訪問し、会社に対する誹謗中傷を広めているような場合に、会社が取引先に対して「●●は懲戒処分により解雇したので、その言動を信じないようにしてほしい」と通知することは認められるのでしょうか。
過去の裁判例には、従業員に懲戒処分を行った事実を広く通知しなければならないような必要性が認められる場合であれば違法とまでは認められないとされたものがあります。
もっとも、そのような場合であっても、通知の必要性がある者にのみ送り、通知書には穏当な表現を使い、内容も必要最小限とするといった配慮をすべきでしょう。
最後に
このように、懲戒処分の事実を公表する場合には、処分を受ける者の名誉やプライバシーに十分に配慮すべきです。
公表の目的はあくまで再発防止と企業秩序の回復でなければならず、「見せしめ」や「つるし上げ」のための公表とならないように注意しなければいけません。
トラブルの予防という観点からは、そもそも公表が必要かどうかというところから検討した方がよいでしょう。
また、公表が想定されているのであれば、就業規則に「懲戒事実を公表することがある」旨の規定を設け、その内容や方法について従業員に周知すべきです。
懲戒処分の事実を公表することにより会社の秩序と規律を維持する効果が期待できますが、対象となる従業員の名誉やプライバシーにも十分な配慮が必要です。
万が一のトラブルも想定しながら慎重に行うようにしましょう。