2019年4月、SNS「Twitter」に次のようなツイートが投稿されて話題になりました。
信じられない。
— パピ_育休5月復帰 (@papico2016) 2019年4月23日
夫、育休明け2日目で上司に呼ばれ、来月付で関西転勤と。先週社宅から建てたばかりの新居に引越したばかり、上の息子はやっと入った保育園の慣らし保育2週目で、下の子は来月入園決まっていて、同時に私は都内の正社員の仕事に復帰予定。何もかもあり得ない。
このツイートを含む一連の投稿は、投稿者の夫である男性社員が育休から復帰した直後に東京から大阪に転勤を命じられたのはハラスメントであるという告発を含むものでした。
さらに化学メーカー「カネカ」のキャッチコピーがタグ付けされて会社名がほのめかされたことにより、Twitter上で瞬く間に拡散し、カネカが声明文を公開するに至りました。
法的な問題点
育児休業制度を利用した男性社員に対していやがらせをすることは「パタニティ・ハラスメント(パタハラ)」の典型例と言われています。
もっとも、パタハラととらえられ得る状況で配置転換をしたからといって、常に配置転換が無効となるものではありません。
会社と従業員の間で労働契約が締結されると、契約内容によっては、従業員の職種・職務内容又は勤務場所を同一企業内で相当長期にわたって変更する権限が会社に生じます。
これが配転命令権です。
今回は、使用者側の立場から会社の配転命令権の限界について解説いたします。
配転命令の適法性の判断要素
会社が配置転換を行う理由には様々あります。
代表的なものとしては、組織の変化に伴う転勤、組織の活性化を目的とした転勤、社員に経験や知識を身につけさせるための転勤などです。
配転命令が有効かどうか判断する際、実務においては、次の2つの要素で判断されることになっています。
- 使用者に労働契約上、配転命令権があるか
- 配転命令権が濫用されたと認められる場合に該当しないか
それぞれについてご説明いたします。
①使用者に労働契約上、配転命令権があるか
長期的に雇用することを前提に採用された正規従業員の場合は、通常は使用者側に労働者の職務内容や勤務地を決定する権限があると判断されます。
全国に支店や営業所がある会社で総合職の正社員として採用された場合には、配置転換の可能性は当然に予定されていると考えるべきでしょう。
この場合は就業規則等において「配置転換や転勤を命じることがある」という趣旨の条項が置かれることが多く、就業規則等にこのような規定があれば、労働者と個別の合意をしている必要はありません。
他方で、採用時に職種・職務内容又は勤務場所を限定する旨の合意がなされていた場合には、使用者に配転命令権がありません。
非正規従業員の場合、採用時に家庭の事情などから転勤に応じられない旨を明確に申し出て採用された場合、医師やアナウンサーのように雇用契約締結の際に労働者の職種が限定されている場合などには、使用者に配転命令権がないと言えます。
②配転命令権が濫用されたと認められる場合に該当しないか
配転命令権があると認められる場合でも、会社は労働者の利益に配慮して配転命令を行使するべきであり、それを濫用することは認められていません。
最高裁の判決では、次の2つのいずれかに該当するときには配転命令権の行使が権利濫用になるという判断枠組みが示されています。
- 業務上の必要性がない場合
- 業務上の必要性があったとしても、ア)他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、または、イ)労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
業務上の必要性
まず、1の業務上の必要性については使用者の裁量が広く認められており、前述したような組織の変化に伴う転勤、組織の活性化を目的とした転勤、社員に経験や知識を身につけさせるための転勤については、いずれも、業務上の必要性があると考えられています。
続いて、2について説明します。
ア)他の不当な動機・目的
典型は気に入らない労働者を退職させる目的で転勤を命じたり、労働組合の中心人物に対して賃金を引き下げる配転命令を行うような場合です。
冒頭にご紹介したカネカの案件において、仮に「育休を取得したことを理由に男性従業員に配転命令を行った」というのが事実であり、いわば「見せしめ」のために配転命令を行ったことが立証されたとしたら、配転命令が無効とされる可能性はあり得るでしょう。
イ)労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる
要介護の状態にある親や子介護をしている従業員に対して遠隔地への転勤命令を出すような場合です。
ただし、単身赴任になること、育児が大変になること自体は、ここでいう「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」にはあたらないと考えられています。
まとめ
以上にご説明したのが裁判例の蓄積による配転命令権の制限です。
配転命令権が認められれば、従業員は転勤や配置転換を拒否することはできません。
配転命令の有効性が争われるときにまず問題となるのは労働契約の内容です。
会社としては、就業規則や雇用契約書において転勤や配置転換の可能性について明示しておくと同時に、面談等において従業員本人と日頃から意思疎通をしておく必要があるでしょう。
SNS時代の労務管理
冒頭にご紹介した事例はもう一点、今後の労務管理において重視すべき側面があります。
それは、不当な転勤命令が出されたという「告発」がSNS上で発信されて広く拡散され、結果的に企業の価値やブランドの低下を招いたという点です。
様々な要因により企業の評判が下がって業績が悪化する危険性のことをレピュテーション・リスクと呼びます。
近年はインターネットやSNSなどの普及により、企業はレピュテーション・リスクに対してより敏感にならざるを得なくなっています。
法的に違法ではない対応であっても、それが多くの人の反感を買うようなものであれば、「ブラック企業」というレッテルを貼られて業績や採用活動に影響しかねないのが現実です。
損害賠償や行政処分等の典型的な法的リスクにとどまらず、より広範で潜在的なリスクを視野に入れて労務管理に取り組むことが現代の企業に求められているといえるでしょう。