従業員の資格取得や研修の費用を会社が負担するという運用がなされている会社は多く存在します。
しかし、資格取得後すぐに退職されると、せっかく費用を出したのに、会社としては投下した費用を回収できないリスクがあります(いわゆる「資格の取り逃げ」)。
費用を会社が立替えて資格取得や研修させた従業員にはできるだけ長く在籍してほしいところです。
今回は、そのような事態を予防する方法としてどのような方法があり、具体的にどのようにすればいいのか、Q&A形式で説明します。
どのような方法をとるべきか
-
資格の取り逃げを予防する方法としてどのようなものがありますか?
-
資格取得費用を従業員に貸すという形式をとり、一定期間勤務後に返還義務を免除する誓約書等を作成する方法が考えられます。
この方法は、後述する賠償予定の禁止違反を回避することができ、資格取得後すぐに退職することを予防する効果が見込めます。
-
とってはいけない方法はありますか?
-
従業員が退職した場合に違約金や損害賠償の負担を課す契約は無効となる可能性があります。
これは労働基準法第16条の「賠償予定の禁止」に抵触するからです。
賠償予定の禁止は、会社と従業員の間であらかじめ違約金や損害賠償を定めておくことを禁止するもので、これに違反した契約は無効となります。
-
資格取得・研修費用等であれば、全てこの方法で対応できるのでしょうか?
-
いいえ。たとえば、業務に必須の資格などの取得費用は、従業員の負担とすることができません。
業務に必須となる資格の取得費用は、本来会社が負担すべき教育費用にあたるためです。
資格取得費用を従業員に貸す方法の対象とできる費用としては、会社の業務に役立つけども必須とまでは言えない資格や研修、または、資格取得が従業員にとっても有利なもの(たとえば転職したとしても資格が役立つ場合など)があります。
-
誓約書の内容として、具体的にどのような取り決めをすればいいでしょうか?
-
少なくとも①貸付の目的・貸付金の使途、②貸付金額、③返還の条件、④返済免除の規定は定めておくべきです。
①貸付の目的、貸付金の使途
資格取得や研修費用のための貸付であることを明確にしておく必要があります。②貸付金額
誓約書は、金銭の貸付を証明する証拠となるので、金額は書面上で明確にしておく必要があります。③返還の条件
どのような場合に費用の返還を求めるかを明確にしておく必要があります。 破産・民事再生の申立など、一般的な貸付契約に共通する返還条件に加え、資格取得後、短期間のうちに会社を退職した場合についても返還の条件にしておく必要があります。④返済免除の規定
一定期間勤務した後には、返還を免除するという規定を設けておく必要があります。 長期にわたって費用の返還を請求できるという規定は合理性を欠き、無効となる恐れがあります。
-
返還義務の免除までの期間は何年程度と定めるのが良いでしょうか?
-
取得費用が低額の場合は2年程度、留学費用など支出した費用が高額な場合は5年程度の在籍で全額免除するという規定にすることが考えられます。
資格取得や留学費用の貸付に関しては以下の判例があります。
【コンドル馬込交通事件(東京地判平成20年6月4日)】 (事案)
タクシー会社に就職した従業員が、第2種免許の取得のために教習所の費用を会社から借用し、その際、2年間勤務後に返還義務を免除するという規定を含む誓約書を交わした。しかし、その労働者は1か月半程度勤務した後、退職した。 (裁判所の判断)
「第2種免許は控訴人個人に付与されるものであって、タクシー業者に在籍していなければ取得できないものではないし、取得後は退職しても利用できるという個人的利益があることからすると免許の取得は、本来的には免許取得希望者が個人で負担すべきものである。」
「そして、返還すべき費用も20万円に満たない金額であったことからすると、費用支払を免責されるための就労期間が2年であったことが、労働者であるタクシー乗務員の自由意志を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものであるとはいい難い。」
【野村證券事件(東京地裁平成14年4月16日)】 (事案)
原告会社Xに勤務していた被告Yは、Xの海外留学制度を利用してフランスに留学した。Xの派遣要綱には、「留学期間中に、あるいは留学を終え帰任後5年以内に自己の都合によって退職したとき、Yは留学費用の全部を弁済する」等と記載されていた。」
しかし、Yは帰国後約1年9か月で退職した。」 (裁判所の判断)
「海外留学は人材育成策という点で広い意味では業務に関連するとしても、労働者個人の利益となる部分が大きいのであるから、その費用も必ずしも企業が負担しなければならないものではなく、むしろ労働者が負担すべきものと考えられる。
「他方、「費用返還の合意が労働者の自由意思を不当に拘束するものとはいいがたい。」
「よって、上記場合には、費用返還の合意は会社から労働者に対する貸付たる実質を有し、労働者の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものではなく、労働基準法16条に違反しないといえる。」
判例の傾向として、貸付金の額、資格や研修等の業務との関連性、従業員個人にとっての有用性、全額免除までの期間などを総合的に考慮して労基法16条に違反するかを判断しています。
なお、「国家公務員の留学費用の償還に関する法律」では、留学後5年以内に退職した公務員に留学費用の償還義務を課し、その償還額については留学後の在職期間に応じて比例的に逓減させる方式が採用されています。
このことからすれば、一般企業においても、勤務年数に応じて費用を低減させる方式を採用することは、労基法16条への抵触を回避する手段として有効と考えられます。
最後に
資格取得費用等を会社が立替えた従業員に長く在籍してほしいが、どうやって解決すべきかというのは悩ましいところです。
たくみ法律事務所では、貸付契約書の作成やその導入にあたってのアドバイス、その他労務に関するご相談をお受けすることができます。
お困りの際には、是非弊所にご相談ください。