普段の事業を行うなかで、「時効」の問題に直面するケースはあまり多くないかもしれません。
しかし、弁護士をやっていると「何年も前の取引で生じた損害について、相手に損害賠償請求ができるか?」という相談に対し、「それはもう時効で請求できません…」と回答しなければいけないケースは意外とよくあります。
請求する側としては、債権管理として時効制度を正確に押さえておかなければ、思わぬ形で大きな損失を被るケースもあります。
今回の民法改正で、時効制度が大きく変わりました。
「時効制度が変わると、体力に不安のある中小企業は潰れるのでは?」という心配の声も聞こえてきます。
短期消滅時効制度、商事消滅時効の廃止
旧法では、消滅時効は基本的に10年間であるとしたうえで、一定の債権については1~3年とするという、「短期消滅時効」という制度が設けられていました。
また、商法において、商行為によって生じた債権の消滅時効は5年とされていました。
ただ、事業関係の債権がすべて5年になるわけではなく、「商行為」かどうかで判断されるという一般的にはわかりにくいルールで運用されていました(たとえば、銀行からの貸付は商行為として5年、信用金庫からの貸付は商行為ではなく10年など。)
このように、旧法の時効期間は債権の種類によって細分化され、判断が複雑になっていました。
そこで、今回の改正により、
- 権利を行使できる時から10年
- 権利を行使できることを知った時から5年
のいずれかが経過した時(つまりいずれか早い時)に時効により債権が消滅するとされています(改正民法166条)。
これを図でわかりやすく説明すると、次のようになります。
権利を行使することができることを知った時と権利を行使することができる時とが同一時点の場合
権利を行使することができることを知った時と権利を行使することができる時とが異なる場合(1)
権利を行使することができることを知った時と権利を行使することができる時とが異なる場合(2)
参考:法務省民事局作成「民法(債権関係)の改正に関する説明資料-主な改正事項-」
ちなみに、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権は、債務不履行に基づくものである場合は権利を行使できる時から20年、不法行為に基づくものである場合は損害及び加害者を知った時から5年という特別のルールがあります(改正民法167条、724条)。
天災等による時効の停止
時効完成間近に天災が発生した場合、債権者として、時効完成を阻止する措置がすぐに取れないケースもあります。
旧法では、天災その他避けることのできない事変で時効完成の阻止ができないときは、その障害が消滅するまで時効が猶予され、さらにその障害が消滅した時から2週間を経過するまでの間は時効は完成しないとされていました。
しかし2週間というのはあまりに短いため、今回の改正では、天災その他避けることのできない事変で手続きを行うことができないときには、その障害が消滅した時から3か月を経過するまでの間は時効が完成しないこととされました(改正民法第161条)。
協議による時効完成の猶予
当然ですが、時効が完成してしまうと請求が一切できなくなるので、相手方との交渉中に時効が完成しないように最大限注意をする必要があります。
相手方との交渉が継続中に時効の完成が迫ったとき、債権者は、時効の完成を阻止するためだけに、わざわざ訴訟の提起等の法的手続きを取らなければならないケースが多々ありました。
今回の改正は、協議を行う旨の合意がなされれば、1年間(もしくは1年未満での合意期間)、時効完成が猶予されるというルールが新設されました。
わざわざ書面で合意書を作成する必要はなく、メールで協議を申し入れ、返信で承諾がなされれば、それをもとに、協議を行う旨の合意がなされたとされます。
債務者として、知らぬうちに時効の完成を猶予させないためにも知っておくべき知識です。
※ちなみに、「時効完成の猶予」は、時効がリセットされるわけではなく、あくまで猶予されるのみです。これに比べて、債務者の承諾などは時効がリセットされる「更新」とされています。
賃金請求権の時効
以前の記事でも何度か取り上げましたが、従業員の賃金請求権の時効はもともと2年でした(労働基準法第115条)。
つまり、5年前に雇い入れて継続的に未払いの残業代が発生していた従業員が、退職後に未払い残業代を請求してきたとしても、会社としては2年分のみ支払えればよいというルールでした。
しかし、この度の民法改正に合わせて、従業員の賃金請求権の時効が5年とする法案が提出されています(令和2年2月4日「労働基準法の一部を改正する法律案」)。
これが成立すれば、会社の未払い残業代の負担はこれまで以上に大きくなり、労働時間の管理と、適正に賃金が支払えているかの管理がより重要になってきます。
適正に残業代を払えていない会社は、従業員の未払い残業代が払えず倒産する、というケースも現実的に多くなってくるでしょう。
「当分の間」は3年
この法案は、「当分の間」時効期間は、3年で運用することが決まっています
「当分の間」が何年続くかはわかりません。
ちなみに、月60時間を超えた残業代の割増率は50%以上となりますが、これも中小企業は「当分の間」猶予されていました。
この「当分の間」は13年間(2010年4月1日~2023年4月1日)にも及びました。