一般社団法人福岡県私設病院協会様が2か月に1回発行している会報誌「福私病ニュース」において、弊所の弁護士が労務問題に関する連載を行っております。

連載中の記事を全文掲載いたします。

事例

悩み

寒さが深まる1月の朝、福岡市にある「たくみ病院」の事務長Tはいつものように院内の労務問題に頭を悩ませていた。

看護部長Aの定年退職が3月末に迫っていた。

後任はAに次ぐ古参で副看護部長のBとするのが順当だろう。

しかしBは典型的な「職人気質」の看護師で、実務能力は申し分ないものの、看護部長に必要な管理能力や連絡調整能力、部下への配慮などに問題があった。

そのため、部内からは「Bが看護部長になるなら退職する」という声すら聞こえてくる始末であった。

「どうしたものか…。」

Tが深いため息をついたそのとき、総務部長のMが無遠慮に事務長室の扉を叩いた。


M「事務長、看護部の人事の件で名案が浮かびました。」

T「それはありがたいが…。どうせいつものように『迷案』なんじゃないのか?」

M「まあ、そう言わずに聞いてください。事務長もご存知のように、中央材料室の職員に欠員が出ています。そこで副看護部長のBを中央材料室に配転し、代わりに看護師長のCを看護部長に抜擢してはどうでしょうか。」

T「Bを中央材料室に?」

M「そうです。病院運営に不可欠な、重要な部署です。それに、Bには中央材料室のような独立性の強い部署で職人的な仕事をするのが向いていると思いませんか?」

T「それはそうだが、看護師業務ができなくなるだろう。本人が拒否するのではないだろうか。」

M「その点は問題ありません。当院の就業規則には「従業員は業務遂行上転勤または担当業務の変更を命ぜられることがあり、正当な理由なくこれを拒んではならない」という規定があります。Bとの雇用契約書にも勤務部署を限定する旨の約定はありません。もちろん、配転後も現在の給与を維持します。どうです? 名案でしょう。」

T「しかし…。それって本当に大丈夫なの?」

配転命令の行使はどんなときに違法となる?

今回の事例は実際の判例(釧路地方裁判所帯広支部平成9年3月24日判決・労民集48巻1・2号79号)を参考に作成いたしました。

争点は、「病院はどのようなときに労働者の意思に反する内容の配転(配転命令)ができるか」です。

配転命令を行う際には、次の2点を検討する必要があります。

ポイント① そもそも配転命令権があるか?

配転命令権とは、使用者が、労働者の職務内容や勤務地を決定する権限をいいます。

就業規則等に根拠規定があり、雇用契約で勤務部署等を限定する合意がなければ、配転命令権の存在が認められるのが一般的です(ただし、看護師のような特殊の技能や資格を要する職種では、明示されていなくても業種限定の合意があると解される余地はあります。)

ポイント② 配転命令権の行使が権利濫用に当たらないか?

配転命令権があるとしても、使用者はそれを好き勝手に行使できるわけではありません。

配転命令権を行使する際には労働者の利益に配慮する必要があり、その権利を濫用してはならないとされています。

最高裁判所の判例では、配転命令権の行使が他の不当な動機・目的をもってなされたときや、業務上の必要性と労働者の職業上・生活上の不利益を比較して労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときには権利の濫用になるとされています。

事例の検討

ポイント① そもそも配転命令権があるか?

「たくみ病院」の就業規則には、配転命令が行われる可能性があり、従業員は正当な理由なくそれを拒むことができないという規定があります。

そしてBとの雇用契約上も勤務部署を限定する旨の約定はありません。

したがって、病院は配転命令権を有しているといえるでしょう。

参考判例でも配転命令権の存在が認定されています。

ポイント② 配転命令権の行使が権利濫用に当たらないか?

総務部長のMがBを中央材料室に配転しようと考えたのは中央材料室の方がBの能力を発揮できると判断したからであり、Bに嫌がらせをする意図ではありませんので、「不当な動機・目的」はなさそうです。

では、今回の配転命令によってBにもたらされる不利益の程度はどうでしょうか。

配転後も従前の待遇が維持されるとすれば、金銭面での不利益はありません。

しかし、中央材料室に配転されると看護師としての業務ができなくなるため、Bが今後の業務でこれまでの経験を活かし、看護師としてスキルアップできるかは疑問が残ります。

また、副看護部長という管理的なポジションから独立性の高い中央材料室に異動することによって権限も縮小されることになりそうです。

このように考えると、Bにもたらされる職業上の不利益は小さいとはいえないでしょう。

参考判例ではこれらの点が考慮され、病院による配転命令権の行使は人事権の濫用に当たるもので無効であると判断されて100万円の損害賠償が命じられました。

どうするべき?

配転命令権の行使が権利濫用に当たるか判断する際には、業務上の必要性と労働者への不利益が天秤にかけられます。

そこで病院は、Bに配転命令を行う前にBを中央材料室へ配転させなければならない具体的な必要性をよく検討すべきです(たとえば、「中央材料室にはBのような医療器具について豊富な知識や経験を有する人材が必要である」など)。

そのうえでBと面談を行い、配転の必要性や配転後のキャリアパスについて丁寧に説明するとともに、本人の意向をヒヤリングしましょう。

このとき、本人にもたらされる不利益を緩和するための措置を提示するのも一つの手です。

説明の結果、本人の合意が得られれば配転命令の有効性はそもそも問題となりません。

ただ、無用なトラブルを防ぐためにできれば同意書をとっておくとよいでしょう

このように、一方的な命令ではなく、あくまで相互のコミュニケーションのもとに進めていくことが重要です。

紛争や訴訟に発展する可能性があることを念頭に置いて慎重に手続を進めるようにしましょう。

また、今回の解説は就業規則に配転命令の根拠となる規定があり、かつ職種・勤務地等の合意がないことを前提としています。

いざというときに備えて就業規則や雇用契約書の確認と見直しを行いましょう。

最後に

今回、ご縁をいただき「福私病ニュース」に連載記事を掲載させていただくことになりました。

地元・福岡の病院の皆様に労務問題に関する情報を発信する機会をいただき、この場を借りて心よりお礼申し上げます。

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