新型コロナウイルスを理由に内定を取り消しできる?
加藤勝信厚生労働大臣が、新型コロナウイルス感染拡大の影響による企業の採用内定取消しが生じていることを認め、助成金を活用するなどして企業に内定を取り消さないよう呼びかけています。
今回は、新型コロナウイルス感染拡大による経営悪化を理由に採用内定を取り消すことが認められるかについて検討します。
採用内定とは
採用内定の取り消しについて検討する前に、採用内定の法的性質について確認しましょう。
採用内定とは、法律上、「始期付解約権留保付労働契約」であるとされています。
法律的な用語で非常にわかりづらいですが、入社日が定められており(始期付)、採用内定取消事由が生じた場合は解約できる旨の合意が含まれている(解約権留保付)労働契約ということになります。
すなわち、採用内定の取消しとは、留保された解約権を会社がどのようなときに行使できるかという問題です。
採用内定の取消しに関する最高裁判例
「大日本印刷事件(最2小判昭和54年7月20日・民集33巻5号582頁)」は、採用内定の取消しの適法性を判断する基準として次のように判示しました。
採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる
採用内定の取消しが認められる典型例として、大学を卒業できなかった場合や、提出書類に重大な虚偽記入があり従業員として不適格であることが判明した場合が挙げられます。
新型コロナウイルスの場合
中国武漢市で新型コロナウイルスが発生したことが報道されたのは、2019年12月のことです。
その後、2020年1月30日にWHO(世界保健機関)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態 (PHEIC)」を宣言し、3月11日にパンデミック相当との認識を表明しました。
このことから、新型コロナウイルスの感染拡大が事業に重大な影響を及ぼすような経済変動をもたらすという認識が広まったのは、2020年2月から3月頃と考えてよいでしょう。
採用内定を出した時期にもよりますが、大半の企業にとって新型コロナウイルスの感染拡大は「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実」であるといえそうです。
では、新型コロナウイルスの感染拡大によってもたらされた経済変動による経営悪化を理由に採用内定を取り消すことは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められるでしょうか。
この点を検討するにあたっては、整理解雇の要件が参考になります。
整理解雇の4要件
企業が経営上必要とされる人員削減のために行う整理解雇が有効とされるためには、次の4つの要素を考慮すべきとされています。
- 人員削減の必要性
- 人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性
- 被解雇者選定の妥当性
- 手続の妥当性
2の被解雇者選定の妥当性については、既に雇用されている就労者より採用予定者を先に削減対象とすることはやむを得ないように思われます 。
そうなると、新型コロナウイルスの感染拡大によって生じた人員削減の必要性の程度や、採用内定取消し以外の手段(経営努力など)の有無を考慮し、採用内定の取消しをすることがやむを得ないとされる場合に限って適用となるといえるでしょう 。
あらかじめ採用内定通知書や誓約書に採用内定取消事由として「経済変動による経営悪化」などが記載されている場合には、手続に妥当性があるとして採用内定の取消しが適法とされやすいと考えられます。
ただし、このような取消事由を付すことで内定者に不安を与え、内定を辞退されるリスクがありますので、慎重になるべきでしょう 。
採用内定の取消しが違法とされるとどうなる?
採用内定の取消しが違法であるとされると、債務不履行(誠実義務違反)または不法行為(期待権侵害)に基づく労働者の損害賠償請求が認められます。
また、内定からその取消しに至る過程において企業側が信義則上必要とされる説明を行わなかったことを理由に損害賠償請求を課した裁判例もあります。
この記事は、公開時点での情報に基づいて執筆されています。
新型コロナウイルスに関する最新の情報は、厚生労働省ホームページ、首相官邸ホームページ等をご覧ください。